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東京地方裁判所 昭和42年(モ)15801号 判決 1970年6月23日

一五八〇一号事件債権者 五十嵐昭司外七名

一五八〇三・二三一七号事件債権者 相羽宏紀外二五名

債務者 株式会社亜細亜通信社

主文

1  東京地方裁判所が、昭和四二年七月一二日、(イ)同裁判所昭和四二年(ヨ)第二、二〇四号仮処分申請事件についてした仮処分決定および(ロ)昭和四一年(ヨ)第二、四一五号仮処分申請事件についてした仮処分決定は、いずれもこれを認可する。

2  東京地方裁判所昭和四二年(ヨ)第二、三一七号仮処分申請を却下する。

3  右1記載の両事件の仮処分決定以後の訴訟費用及び右2記載の事件の訴訟費用は三分しその一を2記載の事件の債権者らの、その余を債務者の負担とする。

事実

(当事者双方の求める裁判と主張)

第一昭和四二年(モ)第一五、八〇一号事件について

一  当事者双方の求める裁判

(一) 債権者ら

「主文1(イ)掲記の仮処分決定を認可する。訴訟費用は債務者の負担とする。」との判決。

(二) 債務者

「主文1(イ)掲記の仮処分決定を取り消す。東京地方裁判所昭和四二年(ヨ)第二、二〇四号仮処分申請を却下する。訴訟費用は債権者らの負担とする。」との判決および仮執行宣言。

二  当事者双方の主張

(一) 申請の理由

1 債務者は、肩書地に本社を有し、中国・東南アジアのニユース・写真を日本の新聞・通信・テレビなどに配信することを目的とし、従業員五一名をもつ会社である。

債権者らは債務者に雇われ、現にその従業員であり、かつ債務者の従業員をもつて組織されている亜細亜通信労働組合(以下単に組合という。)の組合員である。

2 債権者らの賃金の一か月の基準額は、別紙債権目録(一)(A)欄記載のとおりであり、賃金は毎月一日から末日までの分を毎月二五日に支払う約定である。

3(1) しかるに、債務者は、債権者らを従業員として取り扱わず、債権者らが債務の本旨に従つた労務の履行の提供をしているのに就労を拒否し、昭和四一年一二月以降の賃金を支払わない。

(2) その経緯は、第二(昭和四二年(モ)第一五、八〇三号事件)二(一)3(2)記載のとおりである。

4 債権者らは、労働者として賃金のみを唯一の生活の源泉としている者であり、賃金の支払いを停止されている現在、他に生活の資を得ることは容易でなく、本人とその家族の生活は破壊されてしまう。よつて、債権者らは従業員としての地位の保全と賃金相当金員の支払いを求めるため、「債権者らが、債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位をかりに定める。

債務者は、債権者らに対し、昭和四一年一二月から本案判決確定に至るまで毎月二五日限りそれぞれ別紙債権目録(一)(A)欄記載の金員を支払え。」との仮処分申請(昭和四一年(ヨ)第二、二〇四号)をしたところ、「債権者らが債務者に対し労働契約上の権利を有する地位を定める。債務者は債権者らに対しそれぞれ別紙債権目録(一)(B)欄記載の金員を支払い、かつ昭和四二年一月以降毎月二五日限り同目録(一)(A)欄記載の金員を支払え。債権者らのその余の申請を却下する。申請費用は債務者の負担とする。」旨の主文1(イ)記載の仮処分決定を得たので、その認可を求める。

(二) 申請の理由に対する債務者の答弁と主張

1(1) 申請の理由1のうち、債務者会社の目的、債権者らがこれに雇われ後記解雇の意思表示を受けるまでの間はその従業員であつたこと及びその主張の組合の組合員であることは認め、その余の事実は争う。債務者の従業員数は四七名である。

(2) 債務者は、債権者篠原則省、同金丸一夫、同川越正博、同五十嵐昭司、同加藤平八、同河合孝二に対しては昭和四一年一一月八日付で、債権者玄間太郎、同中村梧郎に対しては同月一四日付で、それぞれ解雇の意思表示をし、右意思表示は即日各債権者に到達した。

2 申請の理由2は認める。

3 申請の理由3の(1)は、債権者らが債務の本旨に従つた履行の提供をしているとの点を除き認める。3の(2)については第二(昭和四二年(モ)第一五、八〇三号事件)二(二)3(2)、(3)、(4)に述べるとおりである。

4 申請の理由4のうち、債権者らがその主張のような仮処分申請をし、仮処分決定を得たことは認めるが、その余は争う。

(三) 債務者の右主張((二)1(2)および3のうち後出のロツクアウトについての主張)に対する債権者らの認否と主張

1 債務者の右主張((二)1(2))は認める。

2 しかし、右の各解雇は、次に述べるように債権者らの所属する組合と債務者の間の労働協約第六条に違反するから無効である。

(1) 債務者と組合との間に昭和三一年五月三〇日労働協約が締結され、右協約第六条には「賃金その他の労働条件の変更、従業員の採用、解雇、休職、配置転換は協議会で協議決定する。」と定められている。

(2) 協議会は、債務者側より幹部会員、組合側より執行委員を構成委員とし協約上毎月一回定例で開くと定められており、必要に応じ随時開かれてきた。

労働協約および就業規則(昭和三一年七月作成)ができて以来、債務者は従業員の採用につき組合と協議してその同意を求め、休職、配置転換、賃金についても組合と協議したうえその同意を得て決定してきた(いままで解雇の事例はなかつた。)。

(3) しかるに、本件各解雇に当つては、労働協約で定める協議および決定がなされなかつた。すなわち、

(i) 昭和四一年一一月八日午後二時、協議会が開かれ、組合側は執行委員、債務者側は幹部会員が出席し、予定議題であつた労働協約第一条の改訂につき協議が行なわれていた。その席上、突然債務者側は予定議題とされていなかつた組合員六名の解雇につき緊急議題として取り上げるよう提案してきた。そこで、組合は重要な議題だから討議はしないで内容を聞くだけということにして債務者側の発言を認めた。債務者側は、被解雇者として前記債権者篠原則省、同金丸一夫、同川越正博、同五十嵐昭司、同加藤平八および同河合孝二の六名の氏名と該当就業規則の条文として第三条、第五条、第三八条本文および第三号を読み上げただけで「この件については即時実行する。」といい残して協議会の席を退出した。その直後、債務者は右六名をそれぞれ呼び出して解雇を通告し、即時その構内から退去するよう言い渡した。

(ii) 同月一四日午前九時、組合は闘争宣言を発するとともに団体交渉を求めた。これに対し、同日午後二時ころ債務者は、さらに債権者玄間太郎(執行委員)、同中村梧郎(執行委員)に対し、文書を交付して前同様の就業規則適用を理由に解雇の意思表示をした。同日午後三時、団体交渉が開かれたが、債務者は、「文書に書かれてある以外は述べられない。」というまま、解雇理由すら開示しなかつた。

3 債務者の右主張((二)3のうち後出のロツクアウトについての主張)についての認否と主張は、第二(昭和四二年(モ)第一五、八〇三号事件)二(三)記載のとおりである。

(四) 債権者らの右主張((三)2および3)についての債務者の認否と主張

A 右(三)2について

1(1) 右冒頭は争う。

(2) 右(1)は認める。ただし、前記労働協約第六条にいう協議決定とは、同意もしくは承認とは異なる概念であつて、同条は債務者側と組合側が意見の一致をみない限り会社が人事権の行使を制約されることを規定したものではない。

(2) 右(2)のうち、従来休職についても協議決定した事例があつたことは否認するが、その余は認める。なお、従業員の採用、配置転換については一般的協議を行なつてきたのである。

(4) 右(3)は認める。しかし、協議できなかつたのは、債務者より即時解雇故直ちに協議するよう要望したにも拘わらず組合側が協議に応じなかつたためである。

2 しかしながら、かりに、労働協約第六条の趣旨が債権者ら主張のようなものであるとしても、本件解雇は、労働協約第六条に違反するから無効であるという債権者らの主張は失当である。

(1) まず、右協約はすでに失効している。すなわち

(i) 右協約の附則第一項には「この協約の有効期間は締結の日から一カ年とする。期間満了の一カ月前までに会社、組合のいずれからも改訂または解約の意思表示のないときはさらに一カ年有効とする。」旨定められているが、同協約については、右期間満了の一カ月前までに債務者または組合のいずれからも改訂または解約の意思表示がなされなかつたので、同協約の有効期間は、同項に基づきさらに一カ年延長されたが、その後の更新または延長については何らの取り決めもなされていないのであるから、同協約は右延長された期間の満了日である昭和三三年五月三〇日の経過とともに失効した。

(ii) かりに、そういえないとしても、右協約が締結された日から三カ年を経過した昭和三四年五月三〇日限り失効していることは労働組合法第一五条の規定に照らし極めて明白である。

(2) かりに、前記労働協約第六条の規定が失効していないとしても本件各解雇について協議決定を経る必要はない。

(i) まず、本件各解雇は、債務者が就業規則第三条、第五条に則つてしたものであるが、同就業規則は、前記労働協約第七条の規定に基づき昭和三一年七月組合と協議し、その承認を得て作成されたものであるから、すでに組合と協議しその承認を得ている同規則の適用について、さらにいちいち協約第六条に基づき協議会で協議決定しなければならない理由は全くないといわなければならない。(債務者が、債権者篠原ほか五名の解雇について協議会で協議を求めようとしたのは同規定の誤解によるのである。)

(ii) かりに、右主張がいれられないとしても、本件各解雇の場合、前記労働協約第六条に基づく協議決定を経ないことを正当とする事情がある。すなわち、同条に定める協議決定も、企業の存続を前提とし、債務者と組合との両者が経営という共通の基盤の上に立つて、相互に相手方を信頼し協力しながら、正当な理由なく解雇が行なわれることを阻止しようとするものであることはいうまでもない。

しかるに、債権者らは、後述するように、いずれも日本共産党(以下単に日共あるいは党ということがある。)の指令に基づき、組合と共謀の上計画的に債務者に対し業務妨害、社内秩序紊乱等の破壊活動をし、日中友好および日中貿易促進運動に寄与することを目的とする債務者を破壊しようとしているのであるから、このように債権者らと共謀して企業を破壊しようとする者を相手方として、債権者らの解雇について協議決定をしようとしても、誠意ある協議を得られないことはいうまでもないのであつて、企業を破壊しようとする債権者らの解雇については、企業の存続を前提として規定された協約第六条違反のごときは全然問題とならないものといわなければならない。

しかも、本件の場合、債務者は、債権者篠原ほか五名については昭和四一年一一月八日開催の協議会において討議するよう求めたにもかかわらず、組合側はこれを拒否したものであるし、その後は争議状態となつているのであるから、債権者玄間、同中村の解雇についても組合側が誠意をもつて協議する意思のないことは極めて明白であつて、債権者らの解雇については、この点からしても協約第六条違反は問題とならない。

ところで、債権者らの債務者に対する業務妨害、社内秩序紊乱等の破壊活動の詳細は次のとおりである。

(a) 債権者篠原則省について

債権者篠原は、昭和四一年一〇月四日その任を解かれるまで、債務者の第二編集部長の職にあつたものであるが、日本共産党亜細亜通信細胞長として、同党の指令に基づき、

(イ) 同年六月中、当時細胞員であつた営業部員安宅善郎に対し、債務者発行にかかる「ANS国際ニユース」の読者名簿の盗み写しを秘かに指示し、

(ロ) 同年八月二日および三日の両日に亘つて右安宅に対し、債務者が営業宣伝工作のため同人に対してなした広島出張命令を拒否するよう強要し、

(ハ) 同年八月上旬、当然行なわなければならない第一二回原水爆禁止世界大会国際予備会議場における取材写真の国外向け送信を、部員より質問があつたにも拘わらず送信しないよう命じて握りつぶし、

(ニ) 同年八月二六日、債権者川越正博、同金丸一夫、同五十嵐昭司と共謀のうえ、部長会議の席上、社員の大多数の意向を代表すると称して、債務者に対し、「われわれには政治的立場があるから、われわれの政治生命に傷がつくような仕事は命じないで貰いたい。もしそのようなことがあれば必然的に社内に混乱が起るであろう。」と脅迫的要求をし、

(ホ) 同年一〇月二〇日、債権者河合孝二、同加藤平八とともに当時細胞員であつた山下竜三を査問と称して債務者事務所内において包囲し、集団的脅迫行為を行なつた。

(b) 債権者河合孝二について

債権者河合は、日本共産党亜細亜通信細胞指導部員として、同党の指令に基づき、

(イ) 債務者が、前記出張妨害・取材配信妨害の責任者である債権者篠原の部長解任を発令したところ、昭和四一年一〇月七日編集部会において、債権者加藤平八、同中村梧郎らとともに、篠原の行なつた行為は労働者として当然の権利であり思想信条の自由は憲法の保障するところで債務者の処置は基本的人権をおかすものであるとして、行為と信条の問題をすり替え、債務者に反対することを煽動し、

(ロ) 同年一〇月二〇日、債権者篠原、同加藤とともに、前記のように山下を査問と称して包囲し、集団的脅迫行為を行なつた。

(c) 債権者加藤平八について

債権者加藤は、日本共産党亜細亜通信細胞指導部員として、同党の指令に基づき、

(イ) 昭和四一年一〇月五日、デスク会議において債務者側の行なつた前記篠原の部長解任説明に対しては、一も二もなく不当解任として反対し、同席上でなされた篠原の一連の行為は日本共産党の指令に基づくものであるとの山下竜三の具体的指摘に対しては知らぬ存ぜぬで頑張り、あくまでも篠原の部長解任反対を押し通して債務者に反対することを煽動し、

(ロ) 同年一〇月二〇日、債権者篠原、同河合とともに、前記のように山下を査問と称して包囲し、集団的脅迫行為を行なつた。

(d) 債権者金丸一夫について

債権者金丸は、債務者の第一編集部長の職にあつたものであるが、

(イ) 日本共産党員として同党の指令に基づき、昭和四一年八月二六日、債権者篠原則省、同五十嵐昭司、同川越正博と共謀のうえ、前記のように部長会議の席上、社員の大多数の意向を代表すると称して、債務者に対し、「われわれには政治的立場があるから、われわれの政治生命に傷がつくような仕事は命じないで貰いたい。もしそのようなことがあれば、必然的に社内に混乱が起るであろう。」と脅迫的要求をし、

(ロ) 同年九月三日から五日にかけて債務者事務所内第一編集部室で起つた編集資料(長周新聞の綴込み)の紛失事件に対し、債務者の命令にも拘わらず調査に努力せず、

(ハ) 同年九月二二日以降、第一編集部内でニユースの取捨選択、翻訳、見出しのつけ方等に債務者の編集方針からの逸脱が顕著となつたことに対し、債務者が同人に対し部員の指導監督、勤務態度の点検を命じたにも拘わらず全くこれを黙殺した。

(e) 債権者川越正博について

債権者川越は、債務者の総務部長の職にあつたものであるが、日本共産党亜細亜通信細胞指導部員として、同党の指令に基づき、

(イ) 昭和四一年八月二〇日ころ、前後二回にわたり、債務者に対し、日本共産党の立場と相容れないその業務は拒絶する旨の要求をし、

(ロ) 同月二六日、債権者篠原則省、同金丸一夫、同五十嵐昭司と共謀のうえ、前記のように部長会議の席上、社員大多数の意向を代表すると称して債務者に対し、「われわれには政治的立場があるから、われわれの政治生命に傷がつくような仕事は命じないで貰いたい。もしそのようなことがあれば必然的に社内に混乱が起るであろう。」と脅迫的要求をし、

(ハ) 債務者が前記安宅善郎より広島出張に対し激しい妨害がなされた旨の報告を受け、九月二二日その事実調査を命じたにも拘わらず、調査報告をしないばかりか、かえつて事実を隠蔽して事件のもみ消しを計り、

(ニ) 前記篠原の第二編集部長の解任後、一〇月中旬、債務者より第三種郵便物である定期刊行物「日刊亜細亜通信」の発行名義人を篠原則省より魚地三夫に変更するよう命じられたにも拘わらず、これを放置した。

(f) 債権者五十嵐昭司について

債権者五十嵐は、債権者の発行部長の職にあつたものであるが、日本共産党員として同党の指令に基づき、昭和四一年八月二六日、債権者篠原則省、同川越正博、同金丸一夫と共謀のうえ、前記のように部長会議の席上、社員大多数の意向を代表すると称して、債務者に対し、「われわれには政治的立場があるから、われわれの政治生命に傷がつくような仕事は命じないで貰いたい。もしそのようなことがあれば必然的に社内に混乱が起るであろう。」と脅迫的要求をした。

(g) 債権者玄間太郎について

債権者玄間は、日本共産党員として、同党の指令に基づき、

(イ) 昭和四一年一〇月四日、債務者が前記篠原の第二編集部長解任を発表するや、債務者側の理由説明もきかずに右解任に反対するよう他の従業員を教唆煽動し、

(ロ) 同月上旬ころ、債務者に対し、特定政党に加入している者は政党員としての立場をつらぬくために債務者の業務命令をも拒否する権利を持つている旨を述べて債務者に反対することを煽動した。

(h) 債権者中村梧郎について

債権者中村は、日本共産党員として、同党の指令に基づき、

(イ) 昭和四一年一〇月四日、債務者が前記篠原の第二編集部長解任を発表するや、第二編集部会を明日または明後日に開催するとの債務者側の理由説明をもきかず、直ちに部会を開くよう強要し、かつ右解任に反対するよう他の従業員を教唆煽動し、

(ロ) 同月七日の編集部会において、債権者加藤平八、同河合孝二らとともに、篠原の行なつた行為は労働者として当然の権利であり、思想信条の自由は憲法の保障するところで、債務者の処置は基本的人権をおかすものであるとして、行為と信条の問題をすり替え、債務者に反対することを煽動した。

B 右(三)3についての認否と主張は、第二(昭和四二年(モ)第一五、八〇三号事件)二(四)記載のとおりである。

(五) 債務者の右主張((四)A2)についての債権者らの認否

1 右冒頭は争う。

2 右(1)の主張のうち、協約の附則に債務者主張のような定めがあること、同協約に対しては右期間満了の一カ月前までに債務者または組合のいずれからも改訂または解約の意思表示がなされなかつたことは認めるが、その余は争う。右附則の趣意として、毎年双方のいずれからも改訂または解約の意思表示がないときは、右協約が有効期間一カ年の協約として順次更新されてゆくことが合意されていた。これにより毎年労働協約期間満了に際し、双方から改訂または解約の意思表示がなく、双方異議なく、一カ年あて有効期間が更新され現在に至つている。このことを示すものとして次の事実がある。

(1) 債務者は、右のように労働協約の有効性を前提としたうえで昭和四一年一一月八日の経営協議会において、議題として労働協約第一条の改訂を提案し、改訂案を提出したのである。

(2) さらに、同日付の債権者篠原ら六名に対する解雇理由中で、債務者は「これ(解雇理由として書かれた事項をさす。)は債務者との間に存する労働契約および債権者篠原ら六名の所属する労働組合と債務者との間に存する労働協約の基礎を破壊するものである。」と主張しているが、ここで債務者が存在すると主張する労働協約は、組合の主張する労働協約と同一のものをさすことはいうまでもない。

3 右(2)の本件各解雇について協議決定を経る必要がないとの主張は争う。本件のような協議約款は、解雇が労働者の身分に重大な影響を及ぼすことにかんがみ、その決定に労働組合の関与を認め、債務者側の恣意を排して労働者の権益を担保しようとするものである。それ故、本件解雇に当つて、これが適用を排除しようとする理由は全くない。

債務者の挙示する解雇理由に該当する事実の有無およびその事実が解雇に値するかどうかを協議するためにこそ、本約款が存在するのである。債務者が一方的に個別の解雇につき「協議決定」条項の適用なしと認めることはできない。のみならず、本件各解雇については「協議決定」どころか、「協議」さえ行なわれていないのである。(協議とは、まず提案者側が誠意をもつて提案理由を説明し、相手方の質疑に答え、相手方において十分検討する機会を与えた後、双方で協議をつくしてはじめて協議といえるのである。)

債務者は、債権者らの会社破壊の行動としていくつかの事実をあげているが、右主張事実は、その存否にかかわりなく、その主張自体から協約の適用を排する程度の債務者に対する破壊活動といいうるものでないことが明らかであるのみならず、その主張はいずれも債務者において事実を歪曲したか、または組合員としての正当な組合活動および政党活動を不当に非難しているに過ぎない。

次に、債務者主張の事実の若干についてこのことを示してみよう。

(a)(イ)について―債権者篠原は、安宅に対し「ANS国際ニユース」の見本紙を日本共産党の都道府県委員会のうちどこへ送つているか教えてくれ、と頼んだだけである。

読者名簿は社内の誰れにでも見られる場所に備え付けられているものであり、篠原の行為は何ら指弾されるものではない。

(a)(ロ)について―安宅に対する広島出張命令は債務者の正常な業務活動ではなく、会社経営者の一定の政治的立場からする政治活動であつた。債務者は原水禁大会の方針に反対する政治活動として安宅に大会会場附近でニユース配布に名をかりた政治宣伝活動を命じたのである。それ故、篠原はこのような業務に名をかりた政治活動に参加するについては十分再検討の必要がある旨勧告したにすぎない。

しかも、篠原は安宅に対し意見を述べただけであつて具体的に出張を妨害する行為に出たことはない。

(a)(ハ)について―多数の取材写真の中からどれを送信するかは、債務者の組織上原則として第二編集部長の裁量の範囲に属する。そして、債務者主張の会議を取材した写真中、一部外国代表が退場に際し抗議声明を発している場面の写真を篠原はすでにニユースとして配信していたので現在債務者が問題にしている写真は同種のもの故必要なしと第二編集部長たる篠原が判断したのであつてこれは特に問題とされるような事柄ではない。しかも債務者は本件写真を電送するよう特に命じたことはないのであるから、篠原にはいかなる意味でも業務上責を問われるいわれはない。

(a)(ニ)、(d)(イ)、(e)(イ)、(ロ)、(f)について―債権者らが「業務を命じないでくれ。」、「業務を拒否する。」という趣旨の発言または申入れをした事実は全くない。同人らが債務者に対して発言した要旨は、「債務者の業務についてはもちろん従前通り完全に遂行する。債務者も業務命令に名をかりてその一定の政治的立場からする政治活動を組合員に強要しないでもらいたい。」ということである。これは当然のことであり、何ら非難さるべきところはない。

その他の事実について―債務者主張のその他の事実は債権者らに対する抽象的攻撃か根拠のない非難である。しかもその存否いかんにかかわらず、その主張自体からいつても業務に無関係であるか、または組合員としての正当な組合活動あるいは組合員個人としての政党活動もしくは政治的意見の表明にすぎないのであり、いかなる点からいつても違法な業務妨害として債務者から指弾さるべきものではない。

第二昭和四二年(モ)第一五、八〇三号事件について

一  当事者双方の求める裁判

(一) 債権者ら

「主文―(ロ)掲記の仮処分決定を認可する。訴訟費用は債務者の負担とする。」との判決。

(二) 債務者

「主文―(ロ)掲記の仮処分決定を取り消す。東京地方裁判所昭和四一年(ヨ)第二、四一五号仮処分申請を却下する。訴訟費用は債権者らの負担とする。」との判決および仮執行宣言。

二  当事者双方の主張

(一) 申請の理由

1 債務者の業務目的・規模・債権者らの地位等は第一(昭和四二年(モ)第一五、八〇一号事件)二(一)1記載のとおりである(ただし、「債権者ら」は「本件の債権者ら」と読み替える。)。

2 債権者らの賃金の一か月の基準額は、別紙債権目録(二)基準賃金欄記載のとおりであり、賃金は毎月一日から末日までの分を毎月二五日に支払う約定である。

3(1) しかるに、債務者は、債権者らが、昭和四一年一二月六日より債務の本旨に従つた労務の提供をしているのに、就労を拒否し、同日から同月三一日までの賃金の支払いをしない。債権者らの右各賃金額は、別紙債権目録(二)請求金額欄記載のとおりである。

(2) その経緯は、次に述べるとおりである。

(i) 債務者は、昭和四一年一一月八日、篠原則省、金丸一夫、川越正博、五十嵐昭司、加藤平八、河合孝二の組合員六名を解雇した。さらに、同月一四日には、玄間太郎、中村梧郎に対し解雇の意思表示をした。

(ii) そこで、組合は、同月一四日債務者と団体交渉に入り解雇理由の開示を求めたが、開示を拒まれたので、同日午後四時三分より解雇撤回を求めて全員無期限ストライキに入つた。

(iii) ストに入つてから、組合は、再三団体交渉を求めたが、債務者は言を左右にして応じようとせず、やつと一一月二九日付で一二月五日に団体交渉を開く旨回答を得た。

(iv) そこで、組合は、団体交渉を円滑に進行させるため、同日、債務者に対し、ストを一二月六日午前九時に解除し、即時就労する旨申し入れた。

(v) そして、一二月六日午前九時債権者ら全員は就労するため債務者方におもむいたが、就労を拒否され、現在に至つている。

4 債権者らは、労務者として賃金のみを唯一の生活の源泉としている者であり、他に生活の資を得ることが容易でないので、昭和四一年一二月六日から同月末日までの前記未払賃金相当金員の仮払いを求める仮処分申請(昭和四一年(ヨ)第二、四一五号)をしたところ、これを全部認容し申請費用を債務者に負担させる旨の主文1(ロ)掲記の仮処分決定を得たから、その認可を求める。

(二) 申請の理由に対する債務者の答弁と主張

1 申請の理由1に対する答弁は、第一(昭和四二年(モ)第一五、八〇一号事件)二(二)1(1)記載のとおりである(ただし、「債権者ら」は「本件の債権者ら」と読み替える。)。

2 申請の理由2は認める。

3(1) 申請の理由3(1)は、債権者らが、債務の本旨に従つた労務の提供をしているとの点を除き認める。

(2) 同3(2)(i)、(ii)は認める。(iii)のうち、組合が団体交渉を求めてきたこと、債務者が一一月二九日付で一二月五日に団体交渉を開く旨回答したことは認めるが、その余は争う。一二月五日まで団体交渉を開くことができなかつたのは、資格につき疑義の存した組合側団体交渉委員につき、債務者の再三の要求にもかかわらず、組合がその資格を明らかにしなかつたためであり、債務者の責任ではない。(iv)のうち、組合から債権者ら主張の申入れがあつたことは認める。(v)のうち、債務者が債権者らの就労を拒否していることは認めるが、その余は否認する。

(3) 債権者らの就労申入れは、とうてい真意に出たものとはいえず、債務の本旨に従つた労務の提供とはいい難い。すなわち、前記のように組合が全員無期限ストライキに入つたので、債務者は片時といえども止めることができない通信事業を防衛するためやむなくロツクアウトを宣言し、債権者らの秩序紊乱等の破壊活動に反対する旧党員・非党員の従業員が組合より脱退して新たに組織した亜細亜通信社(正統)労働組合に所属する従業員と若干の新規採用者・臨時雇をもつて操業を継続したところ、組合は一二月五日に予定されていた団体交渉を目前にしてストを同月六日午前九時に解除し、即時就労する旨の申入れをするに至つたものであるが、しかし、組合は、前出の篠原ら細胞指導部と共謀し日共の指令に基づき前記のように債務者に対する破壊活動をしてきたことでもあり、また右申入れ当時も、前記解雇撤回を求めて連日都内各地でビラをまき、債務者に関して事実無根のデマ宣伝を行なつている状態で、右就労申入れの真意が奈辺にあるのか疑われたので債務者は就労については同月五日の団体交渉において協議すべきことを提案したところ、組合側から議題に非ずとして言下に討議することを拒否されたのである。このことからして、債権者らはとうてい債務の本旨に従つた労務の提供をしたとはいえない。

なお、次に示すその後の経過からも、債権者らの右就労申入れが争議の術策のためになされたものであり、紛争の平和的解決を意図する真意に基づくものでないことは極めて明白である。

すなわち、債務者が東京地方裁判所昭和四一年(ヨ)第二四〇五号事件において成立した協定に基づき、昭和四二年一月三日債務者の経営方針に反対し、業務妨害、不当要求をし、社内秩序を紊乱した者の解雇を団体交渉の議題として提案するや、組合はさきに一旦議題に非ずとして討議することを拒絶した前記就労についての協議を、八名の解雇手続その他に含まれる先議事項であるとし、これを先議するのでなければ討議に応じられないとして、前後団体交渉は全くなされていないのである。また、債務者は、昭和四二年二月一四日の団体交渉において、ロツクアウトを解除するための条件として左のとおり就労条件を組合側に呈示した。「(イ)組合は、争議行為を中止し、いわゆる闘争宣言を撒回すること(ただし解雇問題は裁判所に係属しているも、組合側の要求があれば、債務者は団体交渉に応ずる。)。(ロ)就労後、組合および組合員は誠実に就労し、争議行為または争議行為とみなされる行為(例えばサボタージユ等)を行なわない。(ハ)組合および組合員は、経営権、人事権、編集権が債務者にあることを確認し、債務者が必要と認めて行なう職制の任免、業務上の命令に服する。(ニ)思想、信条、政党所属が自由であることはもちろんであるが、組合および組合員は特定政党の立場または自己の思想、信条、政党所属を理由として債務者の業務命令を拒否し、業務を妨害するなど債務者に対する不利益行為を行なわない。(組合活動は自由であり、また組合活動の中には一定の限界において政治活動の含まれることは認めるが、それは社会通念として許される範囲内にとどめるべきものであり、無制限な拡大解釈は規制されるべきものである。)(ヘ)組合および組合員は、ストライキの翌日から就労の日の前日までは賃金請求権を有しないことを確認する。(ト)組合および組合員は、いわゆる年末一時金の要求を撤回する。」なお、その際その後の調査により判明した事実によつて解雇相当の者の解雇については、組合側は協議に応ずべきことおよび誠実に就労する意思のないものには退職を勧告することを附言した。このように、債務者が、組合側に呈示した条件は、全く当然なことであつて強いて問題点をあげれば前記(ヘ)、(ト)の二点位だけであるにもかかわらず、組合側は闘争宣言を撤回しないばかりか、なお、争議状態にあることを明言し、同日の団体交渉はもちろん、引き続いて行なわれた二月二二日、三月一日の団体交渉においても正常な勤務に服すべく誠意ある回答をせず、同月九日の団体交渉においては個別的討議に入ることをも拒否して債務者の呈示した就労条件を全面的に拒否したのである。

以上のように、債権者らが誠実に債務者の業務を遂行する意思を有すると解すべき理由は全くない。

(4) さらに、次のような理由によつても、債務者には賃金支払義務がない。すなわち、債務者は、前記のように債権者ら所属の組合が、昭和四一年一一月一四日ストライキに入つたので、これに対し、即座にロツクアウトを宣し、組合員全員を会社構内から退去させ、以後の立入りを禁止し、以来ロツクアウトによる就労拒否を続けたのであり、それ故賃金支払義務を免れる。

4 申請の理由4のうち、債権者らが主張のような仮処分の申請をし、主文1(ロ)掲記の仮処分の決定を得たことは認めるが、その余は争う。

(三) 債務者の右主張((二)3(4))についての債権者らの認否と主張

1 債務者の右主張のうち、債務者が昭和四一年一一月一四日ロツクアウトを宣言し、組合員全員をその構内から退去させ、以後の立入りを禁止し、以来ロツクアウトによる就労拒否を続けたことは認めるが、その余は争う。

2 前記のように組合は昭和四一年一二月六日午前九時をもつてストライキを中止し、債権者らは全員債務者に対し就労申入れをしているのであるから、債務者が右スト中止、就労申入れ後もロツクアウトを継続していることは、組合員全員の解雇を目的とするものである。このことは債務者が同月五日及び七日債権者らに任意退職を勧告したことからも明らかである。このようなロツクアウトは攻撃的報復的ロツクアウトというべきものであり、争議手段対等の原則からいつても違法なことは明らかである。したがつて、右ロツクアウトの存在は、債務者に賃金支払義務を免れさせる正当な理由とはならない。

(四) 債権者らの右主張((三)2)についての債務者の認否

組合のスト中止、債権者らの就労申入れ後も債務者がロツクアウトを解除せず継続していること、任意退職を勧告したことは認めるが、その余は争う。右のスト中止就労申入れは、先に述べたようにとうてい真意に出たものとは受けとれないのみならず、もし債務者がロツクアウトを解除し、前述したように日共指令に忠実であろうとする債権者らの就労申入れを受け入れたならば、債務者の業務は妨害され、迅速かつ正確であることを生命とするその通信事業は破壊され、回復することのできない損害を蒙ることは明白であつたので、債務者はロツクアウトによる就労拒否を続けたのであり、それ故賃金支払義務を免れることは当然である。

第三昭和四二年(ヨ)第二、三一七号事件について

一  当事者双方の求める裁判

(一) 債権者ら

「1、債権者らは、債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位をかりに定める。2、債務者は、債権者らに対し、昭和四二年七月以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り別紙債権目録(二)基準賃金欄記載の金員を支払え。」との判決。

(二) 債務者

「1、債権者らの申請を却下する。2、訴訟費用は債権者らの負担とする。」との判決。

二  当事者双方の主張

(一) 申請の理由

1 債務者の業務目的・規模・債権者らの地位等は、第一(昭和四二年(モ)第一五、八〇一号事件)二(一)1記載のとおりである(ただし「債権者ら」は「本件の債権者ら」と読み替える。)。

2 債権者らの賃金の基準額は別紙債権目録(二)基準賃金欄記載のとおりであり、賃金は、毎月一日から末日までの分を毎月二五日に支払う約定である。

3 しかるに、債務者は、債権者らを従業員として取り扱わず、債権者らが労務を提供するもこれを拒み、昭和四二年七月分以降の賃金を支払わない。

4 よつて、債権者らは、債務者の従業員たる地位を有することの確認と、賃金の支払いを求めるための本訴を準備中であるが、債権者らは労働者として賃金のみを唯一の生活の源泉としている者であり、他に生活の資を得ることが容易でなく、後日勝訴の判決を得ても回復し難い損害を蒙るおそれがあるので、本件仮処分申請に及んだ。

(二) 申請の理由に対する債務者の答弁と主張

1 申請の理由1に対する答弁は、第一(昭和四二年(モ)第一五、八〇一号事件)二(二)1(1)記載のとおりである(ただし「債権者ら」は「本件の債権者ら」と読み替える。)。

2 申請の理由2は認める。

3(1) 申請の理由3は認める。

(2) しかし、債務者は、本件債権者ら全員に対し、昭和四二年五月三〇日付(六月一日到達)内容証明郵便をもつて右通知到達から三〇日を経過した日限り解雇する旨の意思表示をした。

4 申請の理由4は争う。

(三) 債務者の右主張((二)3(2))に対する債権者らの認否と主張

1 債務者の右主張は認める。

2 しかし、右各解雇は、組合と債務者との間に昭和三一年五月三〇日締結された労働協約第六条および東京地方裁判所昭和四一年(ヨ)第二、四〇五号事件の審尋手続中に債務者と組合の間に成立した「債務者は債権者らの解雇に関しては一九五六年五月三〇日付労働協約の趣旨に従つて協議する。」旨の協定(ここにいう一九五六年五月三〇日付労働協約とは前記昭和三一年五月三〇日締結の労働協約を指す。)に違反するから無効である。

(1) 右協約第六条については前に述べたとおり(第一((昭和四二年(モ)第一五、八〇一号事件))二(三)2(1)、(2))であるから、ここでは前記協定成立についての経緯を述べると、

債務者は、昭和四一年一二月五日の団体交渉において、翌一二月六日午前九時からの就労申入れを拒否する旨宣言し、同月一二日以降全員を解雇する意思のあることを通告したので、債権者らは、これに対抗して同月八日東京地方裁判所に地位保全の仮処分を申請(昭和四一年(ヨ)第二、四〇五事件)し、その結果同月一〇日右協定が成立したのである。

(2) しかるに、債務者は、前記労働協約および右協定に反し、組合と協議決定することなしに、昭和四二年五月三〇日付で本件組合員全員に対し解雇の意思表示をしたものである。

(四) 債権者らの右主張((三)2)に対する債務者の認否と主張

1 右(三)2冒頭のうち、労働協約及び協定の成立及びその内容は認め、その余の事実は争う。

右(1)のうち、債権者ら主張の労働協約に関する認否と主張は前述したとおり(第一((昭和四二年(モ)第一五、八〇一号事件))二(四)A1(1)、(2)、(3)及び同2(1)と(2)(i))であり、昭和四一年一二月五日の団体交渉において組合側の同月六日午前九時からの就労申入れを拒否したこと(ただし、就労申入れ拒否の事情は第二((昭和四二年(モ)第一五、八〇三号事件))二(二)3及び同(四)で述べたとおりである。)、また、債権者らがその主張のような仮処分を申請し、審尋手続において債権者ら主張のような協定が成立したことは認めるが、その余は争う。

右(2)のうち、昭和四二年五月三〇日付で本件組合員全員に対し解雇の通知をしたこと、これについて組合側の同意を得ていなかつたことは認めるが、その余は争う。

2 労働協約第六条にいう「協議決定」とは、同意もしくは承認と異なる概念であつて、同条は債務者側経営協議会委員と組合側経営協議会委員との間の意見の一致をみない限り債務者が人事権の行使を制約されることを規定したものではない(第一((昭和四二年(モ)第一五、八〇一号事件))二(四)A1(2)参照)が、かりに右の「協議決定」が同意もしくは承認を意味するとしても、債務者としては次に述べるように人員整理をしなければ企業が存続しえない苦境に陥つたので本件各解雇前に組合側との協議により意見の一致を図りその了解を得るためつくすべき措置を講じているのであるから、それにもかかわらず組合が本件債権者らの解雇の協議に応ぜずかつ解雇に同意しなかつたことは権利濫用に当るというべきであり、したがつて、本件各解雇が前記協約ないし協定に違反しているというようなことはない。債務者が、本件債権者らに解雇の通知をした経緯は次のとおりである。

債務者は、中国の国営通信社である新華通訊社(以下単に新華社という。)と特約関係を結び、同社よりニユースおよび電送写真の配信を受けこれを国内に提供していたのであるが、同社は、昭和四二年三月九日付一〇日到達の国際電報をもつて突然債務者に対し新華社ニユースの受信発行権を撤回する旨通告するに至つた。そのため、債務者は、三月一〇日に常勤役員会を、翌一一日に役員会を各開催し、善後措置を検討したのであるが、右通告により債務者が本来の業務である通信業務を行ないえなくなるとしても、受信発行権は新華社の一方的賦与によるに過ぎないものであるから、同社が債務者会社内の日本共産党員の破壊活動によつて新華社ニユースの受信発行業務が阻害されることを懸念して債務者に対する受信発行権を撤回した以上、債務者としては如何ともし難く、至急臨時株主総会を開催して会社の目的を変更し再建を図るよりほかに方法はないとの結論に達した。そこで、債務者は、通信業務を三月一一日をもつて打ち切り、受信設備および事業場はいずれも同日をもつて貸主に返還することとし翌一二日に特約先の各新聞社に対し業務を中止したことを通告した。なお、新華社がその後いずれに受信発行権を与えたかは債務者として知る由もない。

一方、債務者は、組合に対し、三月一七日の団体交渉において、新華社から受信発行権を撤回された旨を説明し、同日および同月二三日の団体交渉において、債務者の再建について協力を求めていたのであるが、同月七日の臨時株主総会において、目的を「一書籍・雑誌等の出版および販売。二出版物および美術工芸品輸出入および販売。三前各号の業務に付帯する事業。」と変更し、出版事業によつて債務者の再建をはかることが正式に決定されたので、債務者は、四月二七日の団体交渉において、株主総会の結果を報告し、出版事業によつてその再建をはかるについては、債権者ら全員と雇傭関係を続けてゆけない事情を説明し、人員整理を含む再建の方策について組合側の協力を求めたのであるが、組合側は形式的討議に終始してこれに対しては何らの意思表示をせず、五月八日の団体交渉においても、債務者側の「人員整理を含む再建の方策について組合側の意見をききたい。協力する気があるというならその上で債務者側の具体案を示す。」旨の発言にもかかわらず、組合側はききおくだけということで、人員整理はもちろん出版事業によつて債務者を再建することに対しても全く協力する態度を示さなかつたのである。債務者は、五月一六日の団体交渉においても重ねて組合側の協力を求めたのであるが、組合側は態度を変えなかつたので、債務者としては組合側に再建について協力する意思がないものと判断せざるをえなかつた。しかし、出版事業による再建計画を準備するためにも差し当り三名の従業員を必要としたので、債務者は、同日の団体交渉の席上、組合側に対し、「債権者らの中に希望者がおれば三名は残しておいてよいと考える。希望者は一週間以内に債務者と話合いの上きめたい。もし希望者がなければ、債権者ら二六名全員やめてもらうほかない。」旨通告した。しかるに、債権者らからは、何らの申出もなかつたので、本件債権者ら二六名全員債務者の再建に協力する意思がないものと認め、前記のように五月三〇日付をもつて全員に解雇の意思表示をしたのである。

(五) 債務者の右主張((四)2)に対する債権者らの認否

債務者が昭和四二年三月一二日特約先の各新聞社に対し業務を中止したことを通告したこと、組合に対し同月一七日の団体交渉で新華社から受信発行権を撤回された旨を話したこと、四月二七日の団体交渉で株主総会の結果と称して主張のようなことを組合に報告したこと、五月八日・同一六日に団体交渉が開かれたこと、五月一六日の団体交渉の席上、組合に対し、「債権者らの中で希望者があれば三名は残してもよい。一週間以内に話し合いできめたい。希望者がなければ全員やめてもらう。」旨通告したこと、債権者らが債務者の右申出に応じなかつたこと、五月三〇日付で本件債権者ら全員に対し解雇の意思表示があつたことはそれぞれ認めるが、その余は争う。

労働協約および協定による協議がなされたといえるためには、少なくとも事態を三月一二日以前の状態に戻した上での協議がなされなければならない。しかるに、債務者は、債権者らを永久に企業外に排除すべく、昭和四二年一月はじめからの組合の協議申入れに対してはこれを事実上拒否し、三月一二日までにその事業を、債務者の株主らがあらたに設けた中国通信社に引きつがせて債務者企業の閉鎖の既成事実を作り上げたうえで、協約・協定違反を形式的に免れる目的だけのために組合の団体交渉要求に応じたにすぎない。それ以後、三月一七日、四月二七日、五月八日、五月一六日と団体交渉が開かれた(三月二三日および三月二八日は債務者が一方的に団交場所を変更したため団体交渉が開かれなかつた。)が、実質的な協議は何らなされなかつた。組合は、一貫して、基本的には債務者の労働協約違反の解雇撤回と違法なロツクアウトの解除が先決であり、かつ一方的な企業閉鎖の既成事実を元に戻すことが協議に入る道であると主張してきた。しかるに、債務者はこれを拒否し、全くやる意思もない「出版事業」などをもち出し実質的協議に入ることを拒否したまま本件解雇に及んだものである。

したがつて、本件各解雇についての協議に応ぜずかつ解雇に同意しなかつたことが権利濫用になるという債務者の主張は失当である。

(証拠関係)<省略>

理由

(前註)

理由中、人証の表示の次のかつこ内の数字は、その供述が一回の口頭弁論期日で終了した場合は問答番号を、二回の口頭弁論期日にわたつた場合は口頭弁論の回次と問答番号とを示す。挙示の証拠全体をもつて認定の資としたのであるが、記録索引の便宜上、認定の用に供した主要部分を示したものである。

第一昭和四二年(モ)第一五、八〇一号事件について

一、雇傭関係の存否

(一) 雇傭関係の存否についての紛争の存在

本件手続において、債権者らは、債務者の従業員たる地位を有することを主張しているところ、債務者はこれを争つている。しかも、債務者が債権者らを従業員として取り扱わないことは当事者間に争いがない。

(二) 雇傭関係の成立

債務者会社の目的が債権者ら主張のようなものであることおよび債権者らが後記解雇の意思表示を受けるまで債務者の従業員であつたことは当事者間に争いがない。

(三) 解雇の意思表示

債務者が、債権者篠原則省、同金丸一夫、同川越正博、同五十嵐昭司、同加藤平八、同河合孝二に対しては昭和四一年一一月八日付で、債権者玄間太郎、同中村梧郎に対しては同月一四日付で、それぞれ解雇の意思表示をし、右意思表示が即日各債権者に到達したことは当事者間に争いがない。

(四) 右解雇の意思表示の効力

そこで、右解雇が無効であるという債権者らの主張(事実欄第一、二(三)2)について検討する。

1 労働協約の成立と協約第六条の趣旨

(1) 債務者と組合との間に昭和三一年五月三〇日労働協約が締結され、右協約第六条には、「賃金その他の労働条件の変更、従業員の採用、解雇、休職、配置転換は協議会で協議決定する。」と定められていることは当事者間に争いがない。

(2) ところで、従業員の採用、解雇、休職、配置転換等は元来使用者の権限に属するが、使用者が労働協約をもつてこれを労働組合との共同決定に委ねることも法的に許されるところであるから、右権限が使用者に属することを重視して右協約第六条にいう協議決定を経営協議会における単なる協議をもつて足りると常に解釈しなければならないものではない、むしろ。組合との共同決定を経なければこれを実施しない趣旨であると右規定を解釈することが、右規定の文言からみて自然である。のみならず、弁論の全趣旨によつて成立の認められる甲第二一、第二二号証、証人呉修竹の証言(第一回155、230)により成立の認められる乙第五四号証ないし第五七号証、同証言(第一回150―159、第二回192―197)、債権者篠原則省(第一回19―23、34―36、第二回9―12)、同長谷行博(15―17)の各本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨をあわせると、債務者においては、右協約制定前から従業員の人事は債務者、組合、従業員の話合いの中で組合・従業員本人の同意のもとに行なわれていたが、右協約の規定もこのような慣行を背景に設けられたものであること、右協議会は債務者側の幹部会員(社長、副社長、常務取締役)と組合側の執行部全員(委員長、副委員長、書記長、執行委員)によつて構成され、協約上毎月一回定例で開くと定められており、必要に応じ随時開かれてきたこと(協議会は、債務者側より幹部会員、組合側より執行委員を構成委員とし、協約上毎月一回定例で開くと定められており、必要に応じ随時開かれてきたことは当事者間に争いがない。)、債務者は経営協議会における手続を通じて組合側の同意を得なければ人事案件を実施しないという建前をとり右規定を運用してきたことが認められる(前記乙第五五号証、同第五七号証、証人呉修竹の証言中、右認定に反する部分は採用しない。)から、これらの事実は前記のような解釈の正当性を裏付けるものである。

そうであるとすれば、右のような意味における協議会の協議決定を経ないでなされた解雇は無効といわなければならない。

2 労働協約の効力

(1) 前記協約の附則第一項に、「この協約の有効期間は締結の日から一カ年とする。期限満了の一カ月前までに会社、組合のいずれからも改訂または解約の意思表示のないときはさらに一カ年有効とする。」旨定められていることは当事者間に争いがない。

(2) そこで、右規定の趣旨を考えるのに、右規定の文言と、成立に争いのない甲第一七号証、債権者篠原則省の本人尋問の結果(第二回111)により成立の認められる甲第一八号証、成立に争いのない乙第一三号証の一ないし八および弁論の全趣旨によつて認められる、昭和四一年一一月当時なお組合側はもちろんのこと債務者側も右協約が有効に存在することを前提とする行動をとつている(債務者は、昭和四一年一一月八日の経営協議会において、議題として本件労働協約第一条の改訂を提案し、さらに同日付及び同月一四日付で債権者らの所為は「組合と会社との間に存する労働協約」の基礎を破壊するという文言を記載した解雇通告書を債権者らに交付した。)という事実とをあわせ考えると、右協約の附則規定は、協約の期間満了ごとにあらためて同一内容の新協約を締結する手続を省くため、期間満了前に当事者の一方から改訂または解約申入れがない限り、旧協約の効力を同一期間何回でも更新させる趣旨のいわゆる自動更新規定であると解するのが相当である。そして、昭和四一年一一月八日債務者と組合とが後記の経営協議会において右労働協約第一条(成立に争いのない甲第一号証、および前記甲第一七号証によれば、同条は、組合員の資格に関する規定である。)の改訂につき協議をしたことは当事者間に争いのないところであるが、右のほかに債務者または組合が協約の期間満了の一カ月前までにその改訂または解約の申入れをしたことを認めるに足りる疎明資料は存在しないから、右労働協約は、締結の日から一年の期間を経過した昭和三二年五月三〇日を第一回として一年ごとに自動更新を重ね、債権者らに対する前記解雇の意思表示当時も昭和四一年五月三〇日から更新された右協約がなお効力を有していたといわざるをえない。

(3) つぎに、右労働協約は、労働組合法第一五条により三年の期間満了とともに失効した旨の債務者の主張について考えるのに、同条が労働協約の有効期間を三年に限つた趣旨は、労働協約締結当時予想しえなかつた社会経済状態の変化によりその協約が新たな状態に適合しえなくなつたような場合にもこれがなお関係者を拘束するというような事態をなるべく避けようとすることにあると解されるから、ひとしく自動更新とはいつても、改訂も解約もなしうる方途のないまま無期限に更新を繰り返すのではなく、有効期間一カ年満了の一カ月前までに当事者の一方から改訂または解約の申入れがあればこれによつて自動更新を阻止し協約を失効せしめうることとしている本件労働協約の場合は、労働組合法第一五条に牴触しないものといわなければならない。

そうであるとすれば、労働協約第六条は本件各解雇当時すでに失効していたという債務者の主張は失当である。

3 組合との協議決定の要否

(1) 就業規則の定める解雇基準の具体的適用について協議決定を要するか―前記甲第一号証によれば、協約第七条には、「会社は就業規則を作成し、又は変更するときは組合と協議しその承認をえなければならない。」と規定されており、成立に争いのない甲第二号証、証人呉修竹の証言(第一回230)により成立の認められる乙第五三号証ならびに弁論の全趣旨をあわせると、右協約に基づき組合の承認をえて就業規則が作成され、その第三八条には解雇の一般的基準が定められていることが一応認められるが、就業規則により従業員の解雇の一般的基準を設けるにつき組合が承認をしたからといつて、組合がその具体的適用につき経営協議会における協議決定権を放棄したものとは解しえないから、本件解雇につき右のような協議決定を要しないとする債務者の主張は失当である。

(2) 本件解雇は、前記協約第六条の適用が排除さるべき場合か―たしかに、協約第六条は、労使間の相互信頼を前提とし、労使協調して企業の維持発展をはかるため、本来使用者の権限に属する事項についても労働組合の参加を認めた規定であり、もとより「協議決定」を経ていたのでは企業の存立が危殆に瀕するような場合を予想していないと解されるから、労使間の相互信頼が失なわれ、債務者が組合との「協議決定」を経てから従業員を解雇したのでは企業の存立が危殆に瀕するような非常の場合にまで従業員の解雇につき一律に協議決定を経なければならないと解すべきかについては相当に問題もあろう。しかしながら、かりに右のような場合には協議決定を経る必要がないと解しうる余地があるとしても、本件の場合、後記のように債権者らの中には問題とされる所為がなかつたわけではないが、組合が債務者に対し破壊活動を企てていたというようなことは認めがたく、前記協約第六条の適用を全面的に排除することを相当とするような特別事情が存在することを一応認めるに足りる疎明資料はないから、少なくとも本件各解雇の場合債務者が組合と誠意をもつて協議する義務まで免れることはできないと解するのが相当である。すなわち、債務者は、組合に対し、債権者らの具体的な解雇理由を示し、これについて検討するのに必要な相当の時間的余裕を与えたうえ意見を徴し、意見に汲みとるべきものがあればこれを汲みとるという誠意をもつて協議をつくすことにつとめるべき義務があるものというべきである。

4 本件各解雇に際し債務者は右義務をつくしたか。

(1) 昭和四一年一一月八日開かれた経営協議会において予定議題であつた労働協約第一条の改訂につき協議が行なわれていた席上、債務者側は組合員六名の解雇を緊急議題として取り上げるよう提案したが、組合側はこれを重要な議題だから討議はしないで内容を聞くだけということにして債務者側の発言を認めところ、債務者側は被解雇者六名(債権者五十嵐昭司、同金丸一夫、同河合孝二、同加藤平八、同川越正博、同篠原則省)の氏名と該当就業規則の条文として第三条、第五条、第三八条本文および第三号を読み上げたうえ、「この件については即時実行する」といい残して協議会の席を退出し、その直後前記六名をそれぞれ呼び出して解雇を通告したことは当事者間に争いがない。

そして、右事実によれば、債務者側が誠意をもつて債権者らの所属組合と協議をしたとは認められない。

(2) また、債権者玄間太郎および同中村梧郎の各解雇についてみると、昭和四一年一一月一四日午前九時組合が闘争宣言を発するとともに団体交渉を求めたところ、同日午後二時ころ、債務者は、さらに債権者玄間太郎、同中村梧郎に対し、文書を交付して前同様の就業規則適用を理由に解雇の意思表示をし、同日午後三時、団体交渉が開かれたが、債務者は、「文書に書かれてある以外は述べられない。」というまま解雇理由すら開示しなかつたことは当事者間に争いがない。

右事実関係によれば、債権者玄間、同中村に対する解雇については協議の申入れさえなされていないことは明らかである(なお、組合が闘争宣言を発したからといつて、誠意をもつて協議に応ずる意思がないと速断することはできず、債務者側が協議義務を免れるに至つたということはできない。)。

5 そうであるとすれば、債務者が債権者らに対してした解雇の意思表示は、前記協約第六条に違反するものとして無効である。

よつて、債権者五十嵐昭司、同金丸一夫、同河合孝二、同加藤平八、同川越正博、同篠原則省、同玄間太郎、同中村梧郎は、いまだ債務者に対し労働契約上の権利を有するといわなければならない。しかるに、債務者は前記のとおり右権利の存在を争うのであるから右債権者らは右権利の確認を求めることができるというべきである。(本件債権者らを除く他の債権者らはその後整理解雇により債務者に対し労働契約上の権利を失なつたことは後に述べるとおりであるが、本件債権者らが右整理解雇の協議の対象とされ、これに対し改めて解雇の意思表示がなされたという主張立証はないから、本件債権者らの右権利に変動はないとみるべきである。)

二、賃金請求権の存否

(一) 債務の本旨に従つた履行の提供の有無

1 争点

債務者が債権者らの労務の提供を受領することを拒み、昭和四一年一二月以降の賃金を支払わないことは当事者間に争いがない。そこで、債権者らが債務の本旨に従つた履行の提供をしたかどうかが争点である。

2 履行の提供

組合が、昭和四一年一一月一四日債務者との団体交渉に入り、本件債権者らの解雇理由の開示を求めたが開示を拒まれたので、解雇の撤回を求めて同日午後四時過ぎから全員無期限ストライキに入つたこと、債務者はこれに対し即座にロツクアウトを宣し組合員全員を会社構内から退去させ以後の立入りを禁止したこと、組合が団体交渉を求めていたところ、同月二九日付で一二月五日に団体交渉を開く旨の回答を債務者より得たので、同日債務者に対しストライキを一二月六日午前九時に解除し、即時就労する旨申し入れたことは当事者間に争いがなく、債権者長谷行博の本人尋問の結果(127)およびこれ(1)により成立の認められる甲第九号証の二によれば、本件債権者らは昭和四二年(モ)第一五、八〇三号事件の二六名の債権者らとともに一二月六日より毎朝九時になると、債務者方に出勤して就労させるよう求めたが、債務者は就労を阻止したことが一応認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

3 右履行の提供を「債務の本旨に従つた」ものといえないような事情があるか。

(1) 債務者会社における従前の労使関係

(i) 証人呉修竹の証言(第一回10)により成立の認められる乙第一号証、同証人の証言(第一回230)により成立の認められる乙第三三号証、成立に争いのない乙第二号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第一九号証および証人呉修竹の証言(第一回1~16)ならびに弁論の全趣旨をあわせると、債務者は、「一、中国(中共支配下の地域をいう。以下同じ)および朝鮮・ヴエトナム・その他中国と密接な関係にあるアジア諸国に関するニュース・解説・資料および写真の日本国内での発行。二、日本の実情を正しく伝えるニュース・解説・資料および写真の海外新聞通信社への提供。三、前各号の業務に付帯する事業。」を営むことを目的とし、とくに中国のニュースおよび写真を日本の通信社・新聞社等に提供することによつて在日華僑および日本国民の中国に対する認識を高め、わが国の対中国友好および貿易の促進運動に寄与することを主眼として創立されたため、中国の国営通信社たる新華社と特別の契約関係を結んで中国のニュースおよび電送写真の配信を得て新聞社、通信社等に提供することを主たる業務とし、新華社等から受信する各種のニュースを正確・迅速に飜訳または要約して提供することを編集の基本的方針としてきたことが一応認められる。

(ii) 他方、証人呉修竹の証言(第一回133―135)により成立の認められる乙第九号証の六、同証言(第一回233)により成立の認められる乙第五一号証、および証人山下龍三の証言(47―48)をあわせると、本件債権者ら及び昭和四二年(モ)第一五、八〇三号事件の債権者らのうち浦浪、古屋、辺見、増田を除くその余はいずれも日本共産党の党員であつて、日共党員たる債務者の他の従業員とともに日共亜細亜通信細胞(以下単に細胞ということがある。)を組織し、債権者篠原がその細胞長をしていたこと、組合の構成員の大半は日共党員であつたことが一応認められる。

(iii) そして、前記甲第一号証、成立に争のない乙第五号証の一、二、証人山下龍三の証言(17)、債権者篠原則省(第一回13)、同長谷行博(5、24 198―200)の各本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨をあわせると、組合が結成されたのは昭和三〇年代のはじめであるが、前記労働協約およびこれに基づく経営協議会の制度の存在にその一端が示されているように従来は労使とも前記の経営目的を深く理解し、共通の立場に立つて互に協調して事を運んできたことが一応認められる。

(2) 国際路線における日共と中共との対立の影響

ところが、成立に争いのない甲第一三号証、乙第三、四号証、同第二三号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第二六号証、同第二七号証の一、二、同第二八ないし第三二号証、同第三五ないし第三八号証、前記乙第五号証の一、二、同第五一号証証人呉修竹(第一回123―124)、同山下龍三(18―21)の各証言ならびに弁論の全趣旨をあわせると、昭和四一年二月ころから、日本共産党と中国共産党との間に国際政治路線上の意見の対立があらわれはじめ、これを反映して極東書店、日本アジア・アフリカ連帯委員会、日本中国友好協会、社団法人中国研究所、日中貿易促進会、日本貿易協同組合連合会、日本国際貿易促進協会等日中友好ないし日中貿易の促進を標榜する諸団体内部に中共派と日共派のはげしい反目対立が生れ組織の分裂等の混乱が生じ、右反目対立の影響は債務者にも波及したことが一応認められる。

(3) 債務者会社において発生した一連の事件

右のような情勢のもとで、債務者会社においては次のような一連の事件が発生した。すなわち、

(i) 証人呉修竹の証言(第一回133―135)により成立の認められる乙第七号証、同証言(第一回230)により成立の認められる乙第四九号証、証人呉修竹の証言(第一回53―58、第二回483―511)、債権者篠原則省の本人尋問の結果(第一回101―107)をあわせると、債権者篠原則省は、昭和四一年七月上旬、債務者第二編集部の部屋で、所管外で業務上の指示権がないのに拘わらず、当時細胞員であつた債務者の従業員安宅善郎に対し、「共産党関係者への『国際ニュース』の発送先名簿を上部で求めているので発送先名簿を提出するように。このことは社に絶対内密にしてほしい。」と債務者発行の「日刊ANS国際ニュース」(以下単に「国際ニュース」という。)の発送先名簿の提出を求め、また、そのころ、右安宅に対し、それまで発送していた日共の各都道府県委員会あての「国際ニュース」見本紙発送を中止するよう申入れしたことが一応認められ、債権者篠原則省の本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用しない。

(ii) 前記甲第一三号証、乙第三号証、同第四号証、同第七号証、証人呉修竹の証言(第一回43―53、第二回542―547)、債権者金丸一夫(24―25)、同篠原則省(第一回67―75、第二回35―49)の各本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨をあわせると、昭和四一年八月上旬広島でソ連系の世界民主青年連盟代表等の出席をも得て開催されることになつていた第一二回原水爆禁止世界大会(原水爆禁止日本協議会の主催であつて、参加者の大多数は日共系といわれる。)の会場で、いわゆるソ連現代修正主義等の核政策を痛烈に非難する内容を含む中国国務院総理周恩来の祝電および右主催者が右大会に中国代表団が出席しようとするのを妨げたと疑わせるような記事を掲載した国際ニュース臨時特集号を配布するため債務者より出張を命ぜられた安宅に対し、債権者篠原は、同月二、三日の両日、日共の上級機関の指示であるとして、右出張を中止させようと企画し、出張を中止するよう執拗に説得を試みたが、右安宅がこれに応じなかつたため、右企図は失敗したことが一応認められ、債権者篠原則省の本人尋問の結果中、右認定に反する部分は採用しない。

(iii) 証人呉修竹の証言(第一回133―135)により成立の認められる乙第八号証、債務者主張のような写真であることにつき争いのない同第三九号証の一ないし三、前記乙第五一号証、証人呉修竹の証言(第一回61―62、第二回412―437)ならびに債権者篠原則省の本人尋問の結果(第一回83―88、第二回54―62)をあわせると、当時第二編集部長であつた債権者篠原は、昭和四一年七月三〇日から東京で開催された第一二回原水爆禁止世界大会国際予備会議の状況を取材した写真のうち右予備会議開幕の写真と前記世界民主青年連盟(ソ連系)の出席に反対して同会議から退場した一六カ国三二名の外国代表団が脱退声明を読み上げている写真を新華社に電送したが、右代表団が退場して空席となつた予備会議場の写真の新華社への発信を見合わせたこと、債務者側の指示を受けた写真デスク担当の長南芳樹が右写真発信のためその引伸しを部下の富浦徳に命じたところ、同人は篠原が送らなくてもよいと言つたとしてこれを拒否したこと、もつともニユース編集権は第二編集部長たる篠原にあり、同人に対し債務者側あるいは長南から右写真の発信についてはなんらの指示ないし意見の具申がなかつたことが一応認められる。

(iv) 前記乙第七号証・同第八号証、同第五三号証、証人呉修竹の証言(第一回133―135)により成立の認められる同第九号証の五、証人山下龍三(25―36)、同呉修竹(第一回29―32)の各証言および債権者金丸一夫(12―24)、同篠原則省(第一回92―96)の各本人尋問の結果をあわせると、細胞は、昭和四一年八月当時、党員が債務者の業務を行なう場合、党の立場を守るが、債務者の業務命令には従うとの方針をとつていたこと、債権者篠原は同月二〇日ころ開かれた細胞の班会議で、前記のように、安宅の広島出張を阻止できなかつたことにつき、細胞の上部機関である日共中央委員会の立木洋らから強い叱責をうけ、今後右のようなことが起らないよう債務者に適当な方法で申入れする旨を報告し、同月二六日、債務者の部長会議においても、いずれも細胞員たる債務者の総務部長債権者川越正博、第一編集部長債権者金丸一夫、発行部長債権者五十嵐昭司とともに、債務者の代表取締役李鉄夫、常務取締役呉修竹、魚地三夫らに対し「今後日本人従業員の政治的立場を尊重して、これにもとるような業務を命じないようにしてほしい。例えば、安宅を広島に出張させ、前記のような業務に従事させたことには問題がある。」旨を申し入れ、これに対し、債務者の魚地常務取締役が、「会社がことわつたら君達はどうするのか。」と質問したところ、前記債権者川越が、「それは大変遺憾な事態になつて会社で大きな混乱が起る虞れがある。」と述べたことが一応認められ、債権者篠原則省の本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できない。

(v) 証人劉俊南の証言(85)により成立の認められる乙第四七号証、証人呉修竹(第一回89―91、99)、同劉俊南(12―30)、同山下龍三(53、193―196、269―293)の各証言および債権者金丸一夫の本人尋問の結果(67―90)をあわせると、昭和四一年夏ころから、債務者会社では新華社ニユースの取捨選択、内容の要約、見出しのつけ方などの面で、報道の真実性・公平性という見地から問題となる事件があらたに発生し、例えば第一二回原水爆禁止世界大会に出席する予定であつた中国代表団長の劉寧一が日本に入国できないまま北京に帰着した際、北京飛行場で発表した談話中に、「羊頭を掲げて狗肉を売る輩が日本にいて、そういう連中が自分達の入国を妨害した。」と暗に日本共産党のいわゆる修正主義グループを非難した部分があつたが、飜訳に当つて削除された事実、多年の新聞工作歴をもつデスク担当の平井潤一は、中国共産党機関紙人民日報中、紅衛兵の革命的行動を賛えた社説に見出しをつけるに当りその中に一部その行き過ぎを指摘する部分があつたことからこの部分を強調して、「紅衛兵の行き過ぎ指摘」という見出しを付し、また細胞員たる湯浅誠は、債務者がそのころ外信として取り扱つた速報の飜訳に当り、日本中国友好協会理事長宮崎世民の訪中の際の談話を歪曲した事実、また、同じくデスクの相羽宏紀は、同様速報の飜訳に当り、中国共産党中央委員会の毛沢東主席と訳すべきところを毛沢東議長と誤訳した事実、これらのニユースを提供された各新聞社は、債務者に対しその誤りを指摘して苦情を申し入れた事実等が認められ、債権者金丸一夫の本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用しない。

(vi) 前記乙第四七号証、証人劉俊南(45)、同呉修竹(第一回33―39)の各証言ならびに債権者金丸一夫の本人尋問の結果(125―128)をあわせると、昭和四一年九月ころ、債務者の編集業務遂行上重要な参考資料である「長周新聞」が社内で紛失する事件があつたが、あたかもそのころ右「長周新聞」は日本共産党機関紙「赤旗」により反党新聞として攻撃されていたことが一応認められ、右認定を左右するに足る疎明資料はない。

(vii) 成立に争いのない乙第二四号証の二、前記乙第九号証の六、同第三三号証、同第五三号証、証人山下龍三(47―56)、同呉修竹(第一回38―46、第二回391―396)の各証言ならびに債権者篠原則省の本人尋問の結果(第一回108―116)をあわせると債務者は、前記四部長の申入れおよび長周新聞の紛失事件等よりニユース編集について細胞による作為ないし妨害があると推認し、昭和四一年九月二一日社員総会を開き、幹部会(その構成員は債務者の社長、副社長、常務取締役である。)の経営、編集方針を説明し、呉修竹常務が、「現在世界は大変動、大分化、大再編の時代にある。日本もまたその例外でなく、革新的であつた者も革新的でなくなり、革新的でなかつた者も革新的となり、新しい修正主義者が生れている。われわれはこれを敵とみなす。わが社にもしこうした修正主義者がいれば断固排除する。」旨述べ、債務者の方針の周知徹底をはかつたところ、安宅から前記原水爆禁止世界大会への出張を妨げようとした動きについて発言があり、債務者幹部会ははじめてこの事実を知つたこと、幹部会のこの態度に対し債権者ら三十数名の細胞員は、同月二六日総会を開き、右幹部会の方針にいかに対抗するかを協議した結果、すでに同月一二日開かれた細胞会議で意思統一がはかられていた事項、すなわち債務者に対し、あらゆる事態に備え党の指令に従つて行動することを確認し、篠原・金丸ら細胞幹部は、あくまで債務者会社にとどまつてその動きを党上層部に報告する必要があると強調したことが認められ、右認定を左右するに足りる疎明資料はない。

(viii) 成立に争いのない乙第六号証、弁論の全趣旨により成立の認められる同第二〇、二一号証、同第六五号証、前記乙第一九号証、第四七号証、証人呉修竹(第一回47―75、200、第二回180―181)、同劉俊南(57―79)、同山下龍三(57―82、93―100、229―251)の各証言、債権者長谷行博本人尋問の結果(41―56)および弁論の全趣旨をあわせると、債権者篠原が前記安宅の広島出張を妨害したこと等を理由として、昭和四一年一〇月四日付で第二編集部長の任を解かれたこと、債務者がこの措置を発表するや、従業員の一部の者は入れ替り立ち替り呉常務らに説明を求め、落ちつかない様子であつたから、債務者は各部毎に更に従業員に説明すべく、翌五日李社長ら幹部会員列席の第二編集部デスク会議を開いたところ、山下龍三は前記安宅の広島出張阻止の動きが実に日共中央委員会勤務の立木洋からの指示にもとづくものであることを暴露し、債務者幹部は改めて事態の深刻さを痛感する等、社内は騒然とした空気に包まれて行つたが、同年一〇月一二日と二六日組合大会が招集され、篠原部長解任問題が協議された席上、組合委員長長谷行博らから、「篠原の行動は社員として、部長として、党員として当然なことである。」として債務者の処分の不当性を訴える発言があり、この大勢に対し、当時党員であつた山下龍三、安宅善郎などから日共の債務者に対する妨害工作の陰謀を暴露する発言などが出て、最後に右山下ら一四名の者が退場して行つたこと、そして右山下ら一四名の債務者従業員は、組合が日本共産党の中央の直接の指令のもとに動く日共亜細亜通信細胞指導委員会(構成員は債権者篠原、同川越、同河合、同加藤のほか平井潤一、久保田薫である。)の影響下にあつて、社業を阻害し、組合の伝統を破り、中国を敵視する組織になり下つたので、もはや右組合にとどまることはできないとして、一一月七日、同組合より脱退して亜細亜通信(正統)労働組合を結成し、翌八日この旨を債務者に通告し、そのころ就労し債務者の業務を遂行してきたことが一応認められる。

(ix) 証人呉修竹の証言(第一回133―136)により成立の認められる乙第九号証の一、二、同証言(第一回136により成立の認められる同第一〇号証、証人山下龍三(83―89)同呉修竹(第一回102―106)の各証言、ならびに債権者篠原則省の本人尋問の結果(第二回93―102)をあわせると、右のように組合及び細胞内部の対立が表面化してきた同年一〇月一八日午後五時過ぎ債権者篠原が、同二〇日午後五時過ぎ債権者加藤、同河合、同篠原の三名が、いずれもまだ業務が行なわれていた債務者会社内で、細胞の方針に批判的であつた前記山下龍三の言動が反党的であるから査問すると称し査問に応ずるよう語気鋭く同人に迫り、また同一九日午後五時過ぎには債権者河合が同所で、「山下の所持する毛沢東研究なる書物は反党的である。誰から受取つたか。」と声高に詰問し、いずれも同人を畏怖せしめたことが一応認められ、債権者篠原則省の本人尋問の結果中、右認定に反する部分は採用できない。なお証人呉修竹の証言(第一回103―132)によれば、債務者は同月二一日山下から右査問等のてんまつにつき報告をうけ、かつ、前記四部長申入れは、日共中央の指令にもとづきその亜細亜通信細胞指導委員会の指導によりなされたことを知らされた事実を一応認めることができる。

(x) 弁論の全趣旨により成立の認められる乙第四六号証および債権者金丸一夫の本人尋問の結果(104―114)をあわせると、昭和四一年一〇月末か一一月はじめころ、債務者が中国北京発信の英語電波を受信して英文に打ち出すため受信周波数を時間帯毎に固定して使用していたテレタイプの周波数が、何人かの操作により故意に変えられ、受信を妨害されかかつたことが一応認められ、前記金丸一夫の本人尋問の結果中、右認定に反する部分は採用できない。

(xi) 弁論の全趣旨により成立の認められる乙第一一号証、証人山下龍三の証言(102)および弁論の全趣旨によれば、昭和四一年一一月八日債務者が債権者篠原、同金丸、同川越、同五十嵐、同加藤、同河合を解雇した(この事実は当事者間に争いがない。)ので、細胞は、党中央から派遣された者を加え対策を協議し、債務者に対し同月九日から一せい休暇戦術をとるべき旨の強硬意見も続出しその際、債権者篠原は、「諸君の生活や将来について党は最大の関心を払い、決して心配ないようにする。」と述べ、債権者川越は、当時なお党員であつた香川孝志に対し、その後、「日共は我々を全面的に支援してくれる態勢にある。」と述べたことが一応認められ、右認定を左右するに足りる疎明資料は存しない。

(4) 履行提供当時の組合側の態度

成立に争いのない甲第四、第五号証の各二、乙第二四号証の一ないし四、債権者長谷行博の本人尋問の結果(1)によつて成立の認められる甲第九号証の一、二および前記乙第三三号証、証人呉修竹の証言(第一回178―180)をあわせると、組合は前記のとおりストライキを実施し、債務者はロツクアウトをもつてこれに対抗中、組合が債務者に対し、一二月五日に内容証明郵便で就労申入れをした(この点は当事者間に争いがない。)ところ、債務者は、債権者らの政党的立場によりその業務を阻害することのないよう保証を求めようと考え、すぐ内容証明郵便で同月五日に予定されている団体交渉の際右について協議すべき旨を提案し、同日の団体交渉に臨んだこと、この間組合側は前記解雇とロツクアウトとの不当なことを主張したビラを都内各地で配布し、一二月五日朝にも右配布をやめず、その日の団体交渉の席上債務者から就労申入れの件について討議したい旨申し入れたのに対し、組合側は予じめ合意されていた交渉題目が債権者ら八名の解雇問題と年末一時金問題であつて就労問題ではなかつた関係上、右申入れを議題にあらずとして言下に拒否したこと、そこで債務者は、組合側のスト解除就労申入れを誠意あるものと受けとることができないとして履行の提供を受領することを拒絶し、ロツクアウトをとくべき条件がない旨を組合に通告したこと、じ来組合側は連日各所で債務者のなした解雇とロツクアウトとの不当なことを訴えたビラを撒き債務者会社の入口近くにおしかけ罵声を発したり、歌を高唱したりしたことが一応認められる。

(5) 当裁判所の見方

このようにみてくると、前記のような国際路線における日共路線と中共路線の対立の中で債務者の経営陣(弁論の全趣旨によれば、ほとんど中国人によつて占められていることが認められる。)は、親中共の方向で債務者の業務運営を行なおうとしていたが、これに対し、債権者篠原ら日共党員たる従業員の中には、債務者の業務活動が日共路線と相容れない方向で動くことを好まず、日共の指令に基づき、細胞会議を開き意思統一をはかり、日共路線を批判攻撃する結果を招くような債務者の業務をなるべく行なわずあるいはできればこれを阻止しようとする動きがあらわれた。その具体的な行動は、前記(3)、(i)、(ii)、(iv)、(v)(但し相羽の飜訳を除く。)、(vii)、(xi)記載の各事実である(なお、右(3)、(iii)記載の事実と(v)のうち相羽の飜訳の事実は事実それ自体としていまだ意識的な業務妨害と認めるに足らず、また、(vi)、(x)記載の事実が日共の指令に基づいてなされたものであることはこれを認めるに足りる疎明資料がない。)。右のような動きの結果、従業員の中でも日共の指令に基づいて行動することに反対する者との間に対立(その具体的なあらわれが前記(3)(viii)、(ix)記載の事実である。)を生じ、社内が騒然とした落ち着かない空気に包まれていつたことがうかがわれ、しかも債務者は山下龍三らから前記四部長の申入等の事件は日共中央の指令に基づく日共亜細亜通信細胞指導委員会の指導によるものであるときいていたのであるから、前記スト解除、就労申入れを受けてもこれを直ちには信用せず、日共の指令または債権者らの政治的信条により自己の業務が阻害されることを虞れて、就労申入れの件についてあらかじめ組合と協議しておこうと考えたことは無理からぬことであり、また、債務者が一二月五日の団体交渉において就労申入れの件について協議することを拒否されたことにより、債権者らは債務者の業務を誠実に履行する意思がないのに戦術として前記就労申入れをしたのではないかという疑いを抱いたとしてもそのことは理解できないわけではない。

しかしながら、右のような事情を考慮するとしても、債権者らの就労申入れが日共の指令または日共党員としての各自の政党的立場により債務者の業務を左右しようとしてなされたものであると認めるにはいまひとつ疎明が十分でない。即ち前記(3)(ii)、(iv)記載の事実は原水爆禁止大会という特別の行事に関連して発生したもので、その後も同様の現象が続出するとはいい難く、前記(3)(iv)記載のとおり細胞は債務者の業務命令には従う方針をとつており、同記載の債権者篠原ら四名の申入れ及び債権者川越の発言も債務者の業務をその意思に反しても妨げようというほどの趣旨とはいえず、前記(3)(vii)記載の事実も債務者幹部会の強硬方針に対処する細胞の一般的な姿勢を確認したにとどまり、前記(3)(xi)記載の事実も細胞員たる従業員が解雇されたことに対する反対闘争への日共の応援態勢を示すものに過ぎないのであつて、それ以上の意味を有するとは推認できないし、そのほか日共が細胞を通じ債権者らに対して積極的に債務者の業務を妨害するよう指令していたと認めるに足りる疎明資料はない。そして少なくとも組合のストライキ実施前までは会社内の空気に騒然たるものがあつたにせよ、右に認定した若干の障害を別にすればその業務は組合員によつても一応遂行されてきたと推認できるのである。

そればかりか、右スト解除、就労申入れには債務者の団交応諾という十分その動機と認められるものが存するのであり、さらに加えて亜細亜通信(正統)労働組合が発足し債務者はその協力を得て業務を遂行する等、ストの実効性が減退したことも組合の右態度決定に影響したとみられるのである。

債務者は一二月五日の団体交渉で就労申入れの件につき討議することを拒否されたこと及び債権者らが中傷ビラを配布したことからみても、債権者らの労務提供は債務の本旨に従うものでないことが明らかであると主張する。しかし団体交渉拒否の理由が就労申入れの件が予定議題に含まれていないことに存する以上、債権者らの属する組合が就労の団体交渉を拒否したという事実から債権者らに債務の本旨に従つて就労する意思がなかつたと速断することはできない。組合が解雇とロツクアウトの不当なことを主張したビラを配布したことや、さらには債権者らが就労申入れを拒否された後債務者会社附近で前記のように騒いだことも債務の本旨に従つて就労する意思がないと推認させるものではない。

なお、債務者は、「債権者らは、右のように一二月五日の団体交渉において就労についての討議を議題に非ずとして拒否しておきながら、その後、就労についての協議を前記八名についての解雇手続等の件の先議事項であると主張したため団体交渉が進捗しなかつたが、このことは債権者らには当初から就労意思がなかつたことを示すものである。」旨主張しているけれども、成立に争いのない甲第一一号証、同第一二号証の一ないし一〇、乙第二五号証の一二ないし二五および前記長谷行博の本人尋問の結果(136)をあわせると、一二月五日以後組合が前記予定議題に加えて就労拒否問題も題目として団体交渉を屡々申入れたが、団体交渉が開かれなかつたのは、債務者が前記被解雇者の組合員資格ないし団体交渉委員の資格に疑義があり、交渉には応じられないと主張したからであることが一応認められるのみならず、債務の本旨に従つた履行の提供の有無、ロツクアウト継続の適否は、団体交渉の予定議題中年末一時金支給の件と当然に関連するところ、後にみるように就労申入れにもかかわらず就労を拒否され、ロツクアウトが解除されないというその後の経過に鑑みると、債権者らの組合がその態度を変更し、就労申入れの件について討議することを主張したことをとらえて、債権者らに就労意思がなかつたということは相当でない。

また、債権者長谷行博本人尋問の結果(141)により成立の認められる甲第二四号証、証人呉修竹の証言(第一回187、230)により成立の認められる乙第四八号証、右証言(第一回186―190)および債権者長谷行博本人尋問の結果(141―142)をあわせると、昭和四二年二月一四日の団体交渉において、債務者からその主張のような(第一の二(二)3で引用する第二の二(二)3(3)参照)ロツクアウト解除、就労受入れの条件を組合側に提示したところ、組合側は検討の末三月九日に至りこれを拒否したことが一応認められるけれども、年末一時金の要求撤回、賃金請求権不存在確認等というようなかねてからの組合の主張と真向から対立するような項目の含まれる提案を組合側が受諾しなかつたからといつて、債権者ら各自に就労の意思がなかつたとみることは相当でない。

以上のとおりで、債権者らの履行の提供が債務の本旨に従つた履行の提供ではないことを推認させる特段の事情は認められないというほかないから、債権者らの前記履行の提供は債務の本旨に従つたものとみるべきである。

(二) ロツクアウトを解除しないことの適否

1 昭和四一年一一月一四日、債権者らの属する組合がストライキに入るや、債務者はこれに対し、即座にロツクアウトを宣し、組合員全員を会社構内から退去させ、以後の立入りを禁止し、債権者らの属する組合のスト中止、就労申入れ後もロツクアウトを解除していないことは当事者間に争いがない。

2 そこで、右ロツクアウトが当初適法に成立したかどうか(この点は本件の判断に影響がない。)はしばらくおき、右のように債務者がロツクアウトを継続していることが、債権者らの履行の提供にもかかわらずこれに対する賃金支払義務を免れさせるかどうかについて考えてみよう。

おもうに、現行法上、ロツクアウトの要件・効果についての明文の規定はない。しかし、憲法その他の労働法令は労働関係に関する事項を労使間の直接協議または団体交渉により自主的に定めることを期待し、そのために必要な労使間の勢力均衡をはかるべく、いわゆる「従属労働」の売手として通常弱者の立場にある労働者の争議権を明文をもつて保障しているのであつて、この精神に鑑みると、労働者側の争議行為と同様の要件及び効果を使用者側の争議行為に与えることはできないが、労働者側の争議行為により右に述べた労使間の勢力均衡がかえつて破れ、使用者側に著しく不利になる場合に、これを阻止し労使間の勢力均衡を保持する対抗手段が使用者側にも認められてしかるべきである。そしてこの点にのみ、ロツクアウトの正当性の根拠があると考えられるから、ロツクアウトは労働者側の当該争議行為に対する対抗防衛手段として相当と認められる限り正当性を有すると解すべきである。また、その効果について考えるのに、労働者側が適法なストライキを行なうことにより個別的労働契約上の労働給付義務不履行責任から解放されることが認められる反面として、使用者側も労働者側の争議行為に対抗して右に述べた意味で正当と認められるロツクアウトを行なうことにより個別的労働契約上の賃金支払義務不履行の責めを免れると解すべきである。

そうであるとすれば、前記認定のように組合がスト中止宣言をし、債権者ら組合所属の者が債務の本旨に従い現実に履行の提供をしている状況のもとでは、なお組合が争議行為をしているとか或は波状的争議行為のように再びしようとしていることが明らかであつて、ロツクアウトを続けることがこれに対する防禦と対抗上相当であるとみられるような特段の事情を認めるに足りる疎明資料がない以上、もはや債務者の本件ロツクアウトは、右に述べたような対抗防衛手段としての性格を失なつたものとみるべきである。

ところで前記乙第五七号証および証人呉修竹の証言(第一回190)によれば、組合側はスト中止宣言、就労申入れ後も闘争宣言は撤回しないと称していたことが一応認められるが、現実に争議行為が続けられているとか争議行為が開始されようとしているとかいうことについての疎明は全くない(もし債務者がストライキ解除後労務を受領したにもかかわらず、債権者らにおいて違法な妨害行為を敢行すれば、個別的にこれに対処すれば足りる。迅速性等通信事業の特質を考えても右結論を左右しない。)。

したがつて、債務者は、昭和四一年一二月六日以後は、債権者らに対し、ロツクアウト継続を理由として賃金支払義務不履行の責めを免れることはできないといわなければならない。

(三) 債権者らの賃金の基準額と履行期

債権者らの賃金の一か月の基準額が別紙債権目録(一)(A)欄記載のとおりであり、賃金は毎月一日から末日までの分を二五日に支払う約定であることは当事者間に争いがない。

(四) 結論

そこで、債権者らは、それぞれ昭和四一年一二月六日から同月三一日までの賃金として別紙債権目録(一)(B)欄記載の金員と昭和四二年一月以降毎月二五日限り同目録(一)(A)欄記載の賃金の支払いを求める権利がある。

三、本件仮処分の必要性

債務者が昭和四一年一二月以降債権者らに対し賃金の支払いをしないことは当事者間に争いがないところ、前記甲第九号証の二および弁論の全趣旨によれば、債権者らは債務者からの賃金のみによつて生活していた者であることが一応認められ、他方、債権者らが現在他に就職するなどしてその生活を支えるに足りる収入を得ていることについてはこれを認めるに足りるなんらの疎明もないから、本件仮処分の必要性は一応認めることができる。

四、結論

よつて、債権者らが債務者に対し労働契約上の権利を有することをかりに定め、債務者が債権者らに対し別紙債権目録(一)(B)欄記載の賃金及び昭和四二年一月以降毎月二五日限り同目録(一)(A)欄記載の賃金を支払うことを命じた主文1(イ)記載の仮処分決定は相当であり、認可すべきである。

第二昭和四二年(モ)第一五、八〇三号事件について

一、賃金請求権の存否

(一) 雇傭関係の成立

債務者会社の業務目的が債権者ら主張のようなものであること、および債権者らが後記のように解雇されるまで債務者の従業員であつたことは当事者間に争いがない。

(二) 賃金についての約定

債権者らの賃金の一か月の基準額が別紙債権目録(二)基準賃金欄記載のとおりであり、賃金は毎月一日から末日までの分を二五日に支払う約であることは当事者間に争いがない。

(三) 履行提供・ロツクアウト等

昭和四一年一二月六日から債権者らが債務の本旨に従つた労務の提供をしているといえることおよび同日以降も債務者がロツクアウトを継続していることを理由として賃金支払義務不履行の責めを免れるものでないことは、第一(昭和四二年(モ)第一五、八〇一号事件)二(一)(二)において認定したとおりであるから、そのうち「債権者ら」とあるのは、「本件の債権者ら」と読み替えた上、ここにこれを引用する。

(四) 結論

そこで、債権者らは昭和四一年一二月六日から同月三一日までの賃金として別紙債権目録(二)請求金額欄記載の金員(この額については当事者間に争いがない。)の支払いを求める権利がある。

二、仮処分の必要性

債務者が昭和四一年一二月以降債権者らに対し賃金の支払いをしないことは当事者間に争いがないところ、前記甲第九号証の二および弁論の全趣旨によれば、債権者らは債務者からの賃金のみによつて生活していた者であることが一応認められ、他方、債権者らが現在他に就職するなどしてその生活を支えるに足りる収入を得ていることについてはこれを認めるに足りるなんらの疎明もないから、本件仮処分の必要性は肯認できる。

三、結論

よつて、債務者に対し右賃金額の仮払いを命じた主文1(ロ)記載の仮処分決定は相当であり、認可すべきである。

第三昭和四二年(ヨ)第二、三一七号事件について

一、雇傭関係の存否についての紛争の存在

本件手続において債権者らは、債務者の従業員たる地位を有することを主張しているところ、債務者はこれを争つている。しかも、債務者が債権者らを従業員として取り扱わないことは当事者間に争いがない。

二、雇傭関係の成立

第二(昭和四二年(モ)第一五、八〇三号事件)一(一)記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

三、解雇の意思表示

債務者が、本件債権者ら各自に対し、昭和四二年五月三〇日付、六月一日到達の内容証明郵便で、到達の日から三〇日を経過した日をもつて解雇する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

四、解雇の意思表示の効力

(一) 本件労働協約第六条と本件協定に基づく「協議決定」の有無

前記債権者ら所属組合と債務者間に昭和三一年五月三〇日に締結された労働協約第六条の趣旨および効力並びに協議決定の要否については、第一(昭和四二年(モ)第一五、八〇一号事件)一(四)1ないし3(1)で述べたとおりであるからここにこれを引用する。

そして、右に述べたところによれば、右協約は、昭和四一年一一月八日の経営協議会において組合員資格に関する規定である第一条の改訂について協議がなされたほかには、債務者側および組合側のどちらからもその改訂または解約の申入れがないまま、協約締結の日から一年の期間を経過した昭和三二年五月三〇日を第一回として一年ごとに自動更新を重ね、昭和四一年五月三〇日にも更新されていたというのであるから、右協約は少なくとも昭和四二年五月二九日まではその効力を有していたということができる。しかし、本件解雇の意思表示がなされたのは前記のように同月三〇日であるから、右解雇の効力を判断するに先立つて、まず、右協約が同日さらに更新されて有効に存在していたか否かが問題となる。そして、右の点を考えるに当つては、前記昭和四一年一一月八日の経営協議会における協約第一条の改訂についての協議が同協約附則第一項にいう「改訂または解約の意思表示」に当らないか、また、その後右協約の有効期間満了の一か月前までに債務者側あるいは組合側から改訂または解約の意思表示がなされなかつたかなどについて検討しなければならない。しかしながら、他方において債権者らが債務者を相手方として申し立てた東京地方裁判所昭和四一年(ヨ)第二、四〇五号仮処分申請事件の審尋手続中において債務者と組合との間に「会社は債権者らの解雇に関しては一九五六年五月三〇日付労働協約第六条の趣旨に従つて協議する。」旨の協定が成立したこと、この協定にいう労働協約とは前示の労働協約を指すことは当事者間に争いない。そうとすれば、昭和四二年五月三〇日に本件協約が更新されたか否かにかかわりなく、右協定により、債務者は、債権者らを解雇するには右協約第六条の趣旨に従つて経営協議会において組合側と協議決定しなければならず、右協議決定を経ないでなされた解雇は無効といわなければならない。

そこで、本件解雇に当つて債務者が組合側との右協議決定を経たといえるかどうかについて考えるに、右解雇について債務者側が組合側の同意を得ていないことは債務者の自認するところであるから、右協議決定はなされなかつたといわざるをえない。

(二) 「協議決定」権濫用の成否

1 新華社よりの受信発行権の撤回に伴なう新事態

債権者長谷行博本人尋問の結果(1)により成立の認められる甲第二五号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第六二、六四号証、前記乙第六五号証、成立に争いのない乙第五九、六〇号証、同第六一号証の一、二、同第六三号証、証人呉修竹(第一回197―228、第二回263―347)、同山下竜三(14、15、301―304)の各証言、債権者長谷行博本人尋問の結果(143―146、213、222―226)ならびに弁論の全趣旨をあわせると、債務者は、中国の国営通信社である新華社と特約関係を結び同社よりニユースおよび電送写真の配信を受け、これを国内に提供していたのであるが、同社は債務者に対し、昭和四一年三月九日付一〇日到達の国際電報で突然新華社ニユースの受信発行権を撤回する旨通告してきたこと、そのため債務者は三月一一日直ちに緊急役員会を開き、対策を協議したが、新華社の措置によつて債務者は本来の業務である通信業務を行なうことができなくなるけれども、受信発行権は新華社より賦与してもらつているものであるから、授権を撤回された以上、債務者としては如何ともしがたいという結論に達し、同日付で速報、写真の特約サービスの停止、各種日刊紙の停刊、事業所の閉鎖などを決定、即日実施にうつし、同時に東京都港区新橋三丁目二一番の二丸文ビル内に連絡事務所をおき、善後策を講ずることとしたこと、そして債務者はその再建について連日のように役員会等を開き債務者本来の目的である通信事業は行なえなくなつたけれども、従来付帯事業として行なつてきた出版事業を本格的に発展させるという方向で再建をはかることとするが、その成否は組合側の協力が得られるかどうかにかかつているとし、後記のように組合と団体交渉を行なう一方、昭和四二年四月七日臨時株主総会を開催し、定款中会社の目的を「一、書籍・雑誌等の出版および販売。二、出版物および美術工芸品の輸出入および販売。三、前各号の業務に付帯する事業。」と変更することを可決し、なお、再建のめどがつくまで会社本店を暫定的に中央区築地から豊島区長崎一丁目一八番二一号に移転することを決定したことしかし現在に至るも再建のめどは全くついていないこと、従来債務者の収入は、受信業務からの収入が圧倒的割合を占め、その他の業務からの収入との比率は八対二ないし九対一位となつているが、さらに右受信業務からの収入の内訳をみると新華社よりの受信業務によるものが約八、九割を占めていたことがそれぞれ一応認められ、右認定を左右するに足りる疎明資料はない。

2 組合との協議経過

前掲甲第二五号証、乙第六三ないし第六五号証、証人呉修竹(第一回208―223、第二回265、271―280)、同山下竜三(301―304)の各証言、債権者長谷行博の本人尋問の結果(147―151、214―220)および弁論の全趣旨をあわせると、債務者は、右受信発行権撤回の通知を受けた日の翌日である三月一一日会社にいた従業員であつて債権者ら所属の組合に属しない者にはすぐこの旨を発表し、三月一三日前出五十嵐昭司ほか七名の地位保全等を求める東京地方裁判所昭和四二年(ヨ)第二、二〇四号仮処分申請事件の審尋手続が同裁判所で開かれた(組合執行委員長長谷行博も傍聴していた。)際、債務者常務取締役呉修竹が右新事態が生じたことを説明したこと、その後三月一七日、三月二三日、三月二八日、四月二七日、五月八日、五月一六日と団体交渉が行なわれたこと、そして、三月一七日の団体交渉では債務者が新華社からの受信発行権撤回の経緯を説明し(右交渉において右説明をしたことは争いがない。)再建について組合の協力を求めたが、怒号と喧騒のうちに終り、三月二三日、三月二八日に予定された団体交渉は交渉場所をどこにするかの紛争に終始して実質的話合いに入らないでしまつたこと、しかし、四月二七日に開かれた団体交渉で債務者は臨時株主総会で事業目的の変更を可決、出版社として再建する方針が明確に打ち出された旨を説明した後(右交渉で右説明をしたことは争いがない。)再建および人員整理の問題では組合の話しをきいた上で、例えばどの程度の規模にするか、何名の従業員を必要とするかの具体案を出すことにするから意見を述べてほしい旨発言を促したが、組合側は前出篠原ら八名の解雇を白紙にかえしロツクアウトを解除して全員を就労させ、一時金の問題を解決したうえでなければ再建問題についての話合いには応じられないという態度を示し、五月八日の団体交渉でも同様であつたため話合いは進展せず(同日団体交渉をしたことは争いがない。)、五月一六日の団体交渉では債務者から「数回の団交で組合側は債務者の再建に協力する意思がないと判断せざるをえない。しかし、債務者としては再建計画の準備のため、差当り三名の従業員を必要とするので、組合員の中から希望者があれば残してもよいと考えている。一週間以内に話合いできめたい。もし希望者がなければ二六名全員やめてもらうほかない。」という提案をしたが、一週間以上経過しても組合側からは何らの意思表示もなかつたこと(右団体交渉において債務者が、「再建のため三人に限り残してもよいが、一週間以内に話合いできめたい。希望者がないと全員やめてもらう。」旨提案し、組合がこれに応じなかつたことは争いがない。)、そこで債務者は再建のめどもつかなくなつたため予告期間をおいて本件債権者ら全員の解雇にふみきつたこと(解雇の事実は争いがない。)、組合に加入していない従業員は三月一一日限りで全員退職したこと、なお、右のようにして行なわれた団体交渉は前出の労働協約および協定に基づく労使間の協議の性格をあわせもつものであることが一応認められ、右認定を左右するに足りる疎明資料はない。

(三) 当裁判所の見方

以上の事実関係によれば、債務者が新華社からの受信発行権の撤回によつて潰滅的打撃を受け、企業の存立自体が危殆に瀕し、人員の整理等が必至の事態に陥つたことは明らである。そして、右労働協約において組合が協議決定権を取得した目的は債務者の企業存続を前提として所定事項につき共同決定を行なおうとするにあつたことは当然推認でき、また債務者が右のような窮状にあるとき、この協議決定権の行使如何によつては、その企業は閉鎖されそこで働く組合員全員がその職を失うという事態も発生しうることは見易い道理である。従つて、組合は、債務者から人員整理等について協議を求められそれについての提案をうけた場合、右提案につき真剣に検討し、解決策を見出だすよう建設的努力をすべきは信義則上当然である。しかるに組合は、債務者側から右認定のごとく二か月にわたり一再ならず再建について提案を受け、また意見を求められ債務者が存亡の危機に陥つていることを熟知しながら、篠原ら八名の解雇撤回、ロツクアウト解除に拘泥し、債務者の提案についてはこれを真剣に検討する態度を示さず何らの応答をもしなかつたのであるから、組合のかかる態度は信義則にもとるとの非難を免れないところである。そして、前記認定のような債務者の協議への努力とこれに対する組合の右のような態度とを対比すると、債務者側にこれ以上協議決定のための努力をなすべきことを求めることは相当でなく、組合が協議にすら応じなかつたことは協議決定権の濫用とみるべきである。したがつて、結局、債務者が前記のように本件解雇について組合の同意を得ていなかつたことは、右解雇の意思表示を無効ならしめるものではないというべきである。

なお、証人呉修竹(第二回1―11)、同劉俊南(75―83、130―132)の各証言および債権者長谷行博本人尋問の結果(153―154、158―160)によれば、新華社の受信発行権撤回後、債務者が従来有していた新華社よりの受信発行業務は、東京都千代田区神田錦町所在の中国通信社が引き継ぎ、三月一三日ころから業務をはじめていること、債務者と華僑総会とは従来から密接な関係にあり、債務者の役員には華僑総会の役員も加わつているところ、中国通信社は華僑総会の副会長をしていた干恩陽がその社長をしており、かつて債務者を退職した非組合員(亜細亜通信(正統)労働組合員)一四名中八名程度は右中国通信社に就職したこと等がうかがわれ、このことと撤回通知をうけてから債務者がとつた措置が余りにも手順よすぎるのではないかとおもえることをあわせ考えると、債務者に対する右受信発行権の撤回等は、債権者らの属する組合の前記各活動を嫌悪し、これを排除すべく、債務者と新華社とが共謀して実施したものではないかという疑いが一応生じないでもないけれども、この疑念を疎明ありという心証にまで高めるに足りる疎明資料はないから、本件解雇の効力についての前記判断を左右するに足りないというほかない。

五、結論

そうであるとすれば、前記解雇の通知が本件債権者らに到達したのは昭和四二年六月一日であることは当事者間に争いがないから、本件解雇の効力が発生し労働契約が終了したのは七月一日限りであつて、本件債権者らは七月一日分については賃金債権を有することになり、同月二日分以降の賃金債権を取得するに由なく、いわんや、現に労働契約上の権利を有するとはいえない。従つて、この一日分の賃金債権の限度では被保全権利があることになるが、この部分についてのみ支払いを求める仮処分の必要性を認めることは困難である。そして、保証をもつて疎明に代えることも相当でないから、本件申請を却下すべきである。

第四結び

以上の次第で、当裁判所が昭和四二年七月一二日、昭和四二年(ヨ)第二、二〇四号地位保全等仮処分申請事件についてした仮処分決定および昭和四一年(ヨ)第二、四一五号賃金支払仮処分申請事件についてした仮処分決定はいずれもこれを認可し、昭和四二年(ヨ)第二、三一七号地位保全等仮処分申請はこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 沖野威 小笠原昭夫 石井健吾)

(別紙)債権目録(一)(二)省略

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